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【書評】『大航海時代の群像』

  • seikeigakubueuropa
  • 2022年9月27日
  • 読了時間: 6分

更新日:2022年10月8日



合田昌史著、世界史リブレット、山川出版社、2021年5月20日


文責:對馬拓海(政経学部2年)



興味のある地域、分野

 地域はスペインやポルトガルといったイベリア半島地域。15世紀から17世紀の大航海時代に興味がある。今回は大航海時代にかかわった人物や、歴史を理解する第一歩として上記の本を選んだ。


はじめに

 本書は近世の始まりともいわれる大航海時代について、大航海時代の初期から中期のポルトガルを舞台とし、大航海時代を担ったエンリケ、ヴァスコ・ダ・ガマ、マゼランの3人の航海士を中心として大航海時代を説明している。

著者の合田昌史は京都大学大学院人間・環境学研究科教授で、西洋史学、特に大航海時代のポルトガル、スペイン史を中心に科学史、海事史、世界分割について研究している。


目次

序章  中世と近世のはざまに

第一章 海上拡大の前夜

第二章 エンリケ王子の本懐

第三章 ポスト・エンリケの海上拡大

第四章 英雄ヴァスコ・ダ・ガマの世界

第五章 マゼランの挑戦


本書の概要

 大航海時代におけるヨーロッパの海外進出の目的は、ヨーロッパとアジアをつなぐ貿易航路を発見するという経済的要因がある。だが本書では、視線を航海士に当てることで、経済的要因だけではなく、レコンキスタや十字軍といったようにヨーロッパの中世的拡大の延長線上であると考えている。


 第一章では、大航海時代が始まる要因が取り上げられている。ポルトガルは隣国のカステリーニャと王位継承をめぐる戦争に負け、国土は荒廃し、民衆は不満が募り各地で暴動が起こっていた。カステリーニャはポルトガルと併合の動きを取っていたが、ポルトガル市民は拒否し、王朝革命の導火線ともなる4回目の対カステリーニャ戦が開始した。ポルトガルは戦いに勝利したが、防衛戦であったため新たに領土が与えられたわけではなかった。このこともあり、ジョアン一世には課題ができた。それは戦いの場と土地が与えられない貴族のエネルギーを吸収ないし放散させて国家統合を果たすことであった。そこで考えた方策が「海外へ進出しポルトガル王国に戦いの場と財源を求めること」(19頁)であった。これが大航海時代の始まりに繋がる。


 第二章、第三章では、エンリケ(1394-1460年)の時代について取り上げている。大航海時代初期の海上拡大の方向性は二つあり、モロッコにおける軍事的拡大と太平洋アフリカにおける商業的進出がある。「航海王子」の通称で通るエンリケだが、その名にふさわしい後者ではなく十字軍的な遠征に強い意志を持っていたためモロッコ軍拡を最初に行った。それは、マグレブの地が社会的上昇のチャンスや十字軍的な精神を発揮する場と捉えられていたからである。その後モロッコ軍拡が停滞すると、太平洋アフリカへの商業的進出が本格化された。したがって、大航海時代の始まりは経済的要因だけではなく、むしろ十字軍的な要素が多い。


 第四章では、ヴァスコ・ダ・ガマの時代について取り上げられている。海上拡大が中期に移ると、バルトロメウ・ディアスが喜望峰に、そして、インド遠征隊の総司令官に任命されたガマが喜望峰を回りインドに到着した。ガマのインド遠征によって開かれた喜望峰航路は王室の財政に大きく貢献し、ガマは18人目の高位貴族となった。ポルトガルで、下層騎士がここまで上り詰めた事例は他にないという。その後も、十字軍時代に西欧キリスト教諸国で創設された宗教的、軍事的社団である騎士修道会が、インド領における出世の条件であるなど騎士修道会の優位は明らかであった。


 第五章では、マゼランの時代を取り上げている。マゼランは「変節」してポルトガル王からスペイン王のもとに移り、アジア遠征隊の総司令官として太平洋横断の大航海をなすことになる。「変節」した理由は、クローブやナツメグといった貴重な香辛料を手に入れることができるモルッカ諸島が、スペインの征服予定領域であるという地政学的な認識とポルトガル国王マヌエル一世の冷遇であった。マゼランが負傷し国王に延臣手当の加増を求めたが国王はそれを斥けた。筆者はこのことを経済的な問題ではなくステイタスにかかわると非難した。つまり、加増を斥けたという事は成果が認められず、宮廷内での地位向上に悪影響を及ぼすという事だ。その後、母国で騎士修道会に縁のなかったマゼランは、スペインでサンティアゴ騎士修道会の一員になり、階梯を上ることができた。ガマとマゼランの違いは騎士修道会との関わりというものが大きく影響していることが分かる。


論点

 筆者は、15世紀から17世紀にかけてヨーロッパ人が海外へ盛んに遠征隊を送り出した大航海時代について、エンリケ、ガマ、マゼランの3人の航海士がどのような思いをいだいて大洋を渡ったのかについて論じている。そして大航海時代の目的については経済的要因だけではなく、十字軍的な中世的拡大の延長という考えで本書を描いている。


批評

 読者層は、大航海時代を詳しく理解していない人を想定していると考える。大航海時代をコンパクトに取り上げながら、3人の航海士とポルトガルについて細かくまとめているので、ポルトガルやエンリケ、ガマ、マゼランを学習できる上に、大航海時代全体の簡単な理解ができる。


 本書は、コンパクトに大航海時代がまとめられている反面、偏りを感じる部分がある。例えば筆者が専門とするポルトガルが中心とはいえど、ポルトガル出身の3人の航海士に限定せず、コロンブスなどについてももう少し記述があればよりトータルな理解につながるのではないか。また、大航海時代にポルトガルが海洋に進出した経緯や、エンリケや国王などの宗教的な側面、中世の十字軍的な考え、モロッコの軍拡が経済的にどれだけ不利益であったかなど、国の内情や人々の心性について多く記載されているが、大航海時代は実際の航海あってのものでもある。航海自体の歴史という面についての理解が深まれば、様々な角度からこの大航海時代を考察できたかもしれない。しかし一方で、逆にポジティブな点を言えば、単なる航海の歴史がかかれているだけではなく、航海士がどのような思いを持っていたかという心性を深く理解できる。

おわりに

 本書によって、歴史的、社会的背景から大航海時代の全体像を把握できる面と、航海士たちの心性や国内の内情を深く理解することができる。大航海時代の始まりはアジアの香料や陶磁器などを目当てとする経済的な要因が一番の理由だと思われがちであるが、むしろ十字軍的な考えの方が大きかったことを理解させる本書は、近世の同時代的な視野にとどまることなく、より広い時代的視野の下に歴史を考察することの重要性を我々に思い出させてくれる一冊である。

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