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【書評】『フィッシュ・アンド・チップスの歴史』

  • seikeigakubueuropa
  • 2022年9月27日
  • 読了時間: 6分

更新日:2022年10月8日


パニコス・パナイ―著、創元社、2020年


文責:柴山朋也(商学部2年)



●興味のある地域分野

 地域に関してはイギリス、特にイングランド。古くから様々な分野において世界の最先端を走っているこの国は移民大国の1つとしても有名であり、その伝統食とされ今日も観光客から国民にまで広く親しまれるフィッシュ・アンド・チップスを題材としながら同国の移民とその発展の関連について興味を抱き上記の本を選出した。



●はじめに

 本書は、イギリスの国民食であるフィッシュ・アンド・チップスについて、歴史という観点からアプローチをしながらも、その発展や英国らしさ、アイデンティやこの料理の重要性など多数の要素によりこれが今日に繋がっていることを明らかにし、その経緯を追っていくものである。


 著者のパニコス・パナイ―は、ロンドン出身のデ・モントフォート大学の 教授で研究分野はヨーロッパ史、英国移民史、食文化史など多岐に渡り、多数の著作を持つ。また、自身のことを職業的な歴史家と称しており 、本書に関しては広く文献や雑誌等を読むとともに上述のように歴史を意識した時間軸を長く設定した内容であると述べている。



●本書の概要


①目次

第1章:起源

第2章:発展

第3章:イギリスらしさ

第4章:エスニシティ(民族性)

第5章:フィッシュ・アンド・チップスの意味


②内容説明

 本書は 、上記に示した通り5章構成である。内容や扱っているトピックを基に大別すれば、第1章~第2章はフィッシュ・アンド・チップスの発祥及び誕生の過程に関する歴史について具体例を多く取り入れながら綴っている。また 、この料理の発展の理由や最盛期と衰退についても記されており、その後に展開される話の導入とも汲み取れる。


 第3章では 、この料理がイギリス、そしてイギリス人にとってどのようなものだったのか、そしてそのアイデンティの形成における諸外国との比較の話題を組み込みながら国内外へ広く普及したことに関して取り上げられている。

 

 ただし、実質的 には最終章とも考えられる第4章では前章のナショナルアイデンティを否定するような話題が展開される。ここでもまた数多くの具体例が明示されたうえで 、この料理の本当の由来について検討され、移民や異文化との関わりの中で今日に至るまで発展した点に焦点が当てられて論じられている。


 そして 、第5章はそれまでの4章分の内容のまとめ的な役割を担っており、これといった特出すべき新たなテーマ等は明示されていない。


●論点と批評


①論点

 今日、イギリスと言えばフィッシュ・アンド・チップスを我々は想像するが、そのようなイメージが定着するまでの過程はどのようなものであったのか。 果たしてそれは本当にイギリスだけで独自に発展したものなのかという論題に対し、本書では具体例 や証拠をふんだんに用いて説明している。ユダヤ人が持ち込み大衆化した生魚の入手及び衣揚げや、起源が不明とされるチップス(アメリカ英語ではフレンチフライということからフランス・ベルギーからの流入説もあるそうだが明確な証拠はないとしている)の融合は19世紀以降に大幅拡大していった。また、それに伴い第一次大戦期から1960年代まで、この料理は最盛期を築いた。その最大の理由として、21世紀のスタンダードなスタイルである 中食文化の発展が挙げられている。

 

 さらに 、フィッシュ・アンド・チップスが外国からの競合に対してイギリスのアイデンティを示すものであるとする国家やメディアの方針に関しても説明されている 。しかし、その一方で基はユダヤ由来であること、また当時のユダヤ人がその揚げた魚の匂いにより差別を受けていたことも事実として記されている。さらにフィッシュ・アンド・チップス店を営むオーナー達は、この料理が国外発祥であるという特性から推察できるようにエスニックマイノリティ(いわば移民や外国にルーツを持つ人々或いはその子孫ら)が多数を占めていることも述べている。ただ 、これらの点に関しては 、異文化交流の発達に繋がったことや多様性の表現にもなっているとして移民の重要性も強調している。


②批評

 まず 、著者が想定している読者層は幅広いと考える。というのも、タイトルだけ見ても食の話題、歴史、国の文化など様々な内容を想像できるのではないだろうか。実際に、私自身も読む前に想像していた内容構成(この料理の歴史が列挙されるとともに、現代英国社会にまで続く移民との関係性についての詳細な説明などを期待していたが、その点、特に後者に関しての描写は簡潔ではなかった)とは異なっていたもの の、話題は浅くとも多岐に渡っていたことは実感した。また実際の現地の写真や論じられている時代のポスターなど視覚的な資料が多く使われていたことは、歴史を取り扱う本として重要であり、分かりやすさやとっつきやすさの手助けになるため評価すべきである。


 ただ、本書の不足要素として指摘することを避けられない点がある。それは、5章構成200ページという範囲の中での繰り返しが多すぎるという点である。各章ごとに最初の5行程度を用いて、その章のざっくりとした説明がなされているのであるが、正直に言ってしまえば、そこである程度はその章で扱う内容を把握できてしまう上にページが進むにつれて前章や他で言及した内容がこれでもかというほどに繰り返されている。評論文において反復の要素はあって然るべきと私も当然心得ているが、それを加味したうえでも、幾度となく似たようなことが述べられ てしまうと本筋を見つけるのがかえって容易ではなくなってしまう。もう少しコンパクトに、そして簡潔にまとめていれば読者側も内容を整理しながら順々を追って読み進めることができるのではないかと考えた。とりわけ、各章ごとに述べたいであろう論点はその章の冒頭でほとんど記されているため、わざわざ肉付けする必要はないというのが率直な意見である。


 上述したように気になった点はあったものの、本書のポジティブな箇所ももちろんある。その中の1つは歴史という基軸を持ちながらも、食文化や移民について、また極わずかであるが文学系の話題にも触れているところだ。様々な読者層が 各々興味関心のある角度から頁を開くことが出来るという点は本書の強みだと考えられる 。



●おわりに

 本書では 、フィッシュ・アンド・チップスという日本人の私達にとってもメジャーとなっている イギリスの伝統食について 論じられている。まず、著者が多くの文献、資料分析からこの料理に関する歴史はもちろんのこと、その発展や背景について考察した。そして文字だけでなく写真を多く用い、視覚情報からも読者にこの議論の説明を試みた 。私たちは 、ここで与えられた様々な視点からその分析・考察された情報を受け取るとともに、多方面の知識を 深めていくきっかけの一歩とできれば適当ではないだろうか。

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