【書評】『欧州福祉国家の自由・平等教育 オランダ、デンマーク、フィンランドの歴史と実践に学ぶ』
- seikeigakubueuropa
- 2022年9月27日
- 読了時間: 6分
更新日:2022年10月8日
成清美治著、明石書店、2022年
文責:渡邉義臣(政経学部2年)
●この本を選んだ理由
大学生になって、「教える」ということに触れる機会が多くなり、教育に関する興味が一段と湧いてきた。その中で、海外の教育法は日本とは違うということを知り、どこがどのように異なるのか疑問に思い、上記の本を選んだ。
●はじめに
本書は、欧州三国の歴史から見る現教育と福祉体制、そこから日本の現状や課題を述べている。著者は、日本福祉大学社会福祉学部卒。この本を書くにあたって現地調査を行っている。歴史については専攻外であるので、社会福祉家の視点で多く述べられている。現在は、神戸親和女子大学で客員教授・博士として社会福祉学の教鞭をとっている。主著は、『社会福祉を考える』杉山書店、『ケアワークを考える』八千代出版などがある。
●本書の概要
・目次
第1章 福祉国家オランダの教育
第2章 福祉国家デンマークの教育
第3章 福祉国家フィンランドの教育
第4章 福祉国家フィンランドの職業教育
第5章 日本の教育の改革
第1~3章では、歴史から築かれた自由や平等についての教育、その国の特徴的な学校の紹介と日本の学校との比較、課題の提示を述べている。オランダを例に挙げてみると、小学校の時点で、各小学校の教育方針が5つに分かれている。デンマークについては、グルントヴィという人物に焦点を当てて、教育の改善を述べている。
第4章では、フィンランドの職業教育が単独で取り上げられている。「ラヒホイタヤ」という保健・介護の共通資格からわかる女性の就業率の高さを詳しく述べている。そして、第5章では2017年の新学習指導要領に沿って日本の自由・平等教育の課題点を各国の例を取り上げて述べていて、主に、英語教育や小学校からの教科担任制について取り上げていた。
●論点・批評
本書では、三国の自由・平等教育と日本の教育を比較する内容が多かった。そこで、この書評では、果たしてその教育方法は日本の教育体制に組み込むことはできるのかということを論点として扱っていきたいと考える。
私は普段から教育や欧州に興味を持っているが、本書を読むのに苦労した。専門用語等も多々記載されているためしっかりとした知識を持つ人でないと理解に苦戦すると考えられる。そうした意味からこの本書は全くの読書初心者に向いているとは言い難いかもしれない。しかし、逆に考えてみると、教育や介護現場に携わる人や大学の講師などの専門家にとっては興味深い本であるはずである。そして、専門用語などが出てきて内容が難しくなってきたときに、解説のようなものがあるとありがたい。仮に専門家に向けての本であるとしても、ビギナーが読むことも考えて適度に解説を入れるのがよいのではないだろうか。
まず、全体的に、どの章でも欧州諸国のメリット中心の紹介で、デメリットをまるで隠しているかのような伝え方になっている。具体的には、デンマークのニヴォ―学校についての第2章4節である。ニヴォ―学校というのは「対話教育」を中心に生徒一人ひとりの個性やコミュニケーション能力を育む、日本でいう小・中一貫校に当たる学校である。この節では、日本の一斉授業による均質的な知識や学力について触れられることはなかった。また、日本との比較をする際に、あたかも日本の教育がすべて悪いというような書き方をしていることもある。例えば、「この対話教育が日本の教育において欠如している点である。」(本書、61頁)と著者は述べている。メリットを述べる際も、今の日本を作り上げてきた日本の教育を加味して述べるべきである。日本の高い経済力を築き上げてきたのは、著者の批判していた一斉授業である。メリットとデメリットはセットで紹介するほうがよいだろう。
著者は本書を執筆するにあたって、小学校の幼児クラスの様子や教室外で課題を解く学生、日本の生活と異なる仕組みを写真に収めたりする現地調査を行っているが、写真に収めるだけでは、一面的な理解にとどまる可能性はないだろうか。実情を知る1つとしてインタビューを記載したり現地の声や意見を伝えてもらえると、一層理解が深まったであろう。紹介される制度については素晴らしいものばかりであったが、現地の人々にはあまりよくないと考える人がいないこともないと考えられる。そう言った現状も記載することで、日本の自由・平等教育に応用できるのではないだろうか。
そして特に気になったところは第5章、「日本の教育の改革」である。この章ではタイトル通り、日本の教育の課題と改革の必要性が述べられている。しかし、述べられていたことの焦点が部分的であると感じた。というのは、第5章3節の(2)において、小学校35人学級というものがあげられていた。この節は「GIGAスクール構想」の側面から述べていて、4,50人のクラスから1クラス35人にすることで教師の負担軽減、学習状況の把握、児童同士の関係構築を円滑にする、情報端末の整備の容易化を図るということだ。しかし、すでに1クラス35人いない学級についての問題は言及されていない。少子高齢化に伴う過疎地域や単に地方の学校や離島の学校は、そもそもの全校生徒の数が少ないことは周知の事実である。教育改革は日本にあるすべての学校で行われるべきであるので、「GIGAスクール構想」の一面のみではなく多角的に日本の教育課題を述べることで、上記のニヴォ―学校の教育方法を日本の教育に生かせるのではないだろうか。
また、①北欧の「対話教育」について体育などの実技についての著者の意見はどのようなものであるか、②本書ではなぜ北欧の一角であるノルウェーについて記載がないのか、③どの国も自由・平等教育や高福祉の壁として移民問題をあげていたが、比較的移民が少ない日本においてオランダ、デンマーク、フィンランドのような高福祉を実現した場合はどのような課題が挙がるのか、④日本ではどのくらいの予算が必要になるかというような部分について述べていると、より日本の教育に組み込むことが容易になるだろう。
このような不足点は、厳密にいえば著者の専門から外れるが故に浮かんできているのかもしれない。その反面、著者の専門である社会福祉についての記述はとても丁寧に詳しく述べられていた。また、現地調査を行っているため、第2章6節では自主性を幼稚園から育んでいるデンマークの様子が伝わってきて、わかりやすかった。重ねて、第3章と第4章ではフィンランドの女性の社会進出の経緯が序立てられて説明されており、初心者でもわかりやすい。そして、教育水準の高さを制度ではなく教師の質に見出したのは興味深い視点であると考えられる。
●終わりに
論点である「北欧の自由・平等教育を日本に組み込むことはできるのか」という問いについては、実際に取り組んでみてからでないとわからない。しかし、本書で紹介されていた北欧三国の教育方法は過去から脈々と受け継がれてきた歴史に基づくものであった。つまり、歴史の数だけ教育方法が存在すると考えられるので、1つの考え方に固執する必要はないことを本書は教えてくれる。
現在の自由・平等教育について社会福祉の視点で書かれた本書は、内容こそ難しいが、専門家だけが読む本としてはとても惜しい本であり、教育や欧州について興味のある人にとっては知識欲を満たす指南書である。
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