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『第一次世界大戦の起源』

  • seikeigakubueuropa
  • 2月4日
  • 読了時間: 7分

著者:ジェームズ・ジョエル 

出版社:みすず書房

出版年:2020年


評者:ゴチシン


●はじめに

 第一次世界大戦は、ヨーロッパだけでなく全人類に深刻な災難をもたらした。この戦争が終わって以来、各国の研究者や平和を求める人々は戦争の原因を探り、その中で、国際史研究者の一人であるジェームズ・ジョエルが本書を書いた。世界の歴史を深く変えた戦争がどのように勃発したかについての徹底的な分析を行い,戦争がなぜ起こったのかという問いに対して多角的な視点を提供し、主なテーマは「7月危機」、戦前の同盟体制と外交手法、軍事戦略、軍備競争、国内政治の影響に加えて、経済的要因の考察も含まれている。

 

●本書の内容

目次

1.序論

2.七月危機

3. 同盟体制と外交手法

4.軍国主義と軍備

5.内政問題の優位

6.経済要因

7.帝国主義競争

8.社会的要因

9.結論

 

 本書の内容は、主に九章に分けられており、第一章は、第一次世界大戦の複雑な原因を説明するために、多角的なアプローチが必要であると述べている。戦争の原因は単一の出来事や国に帰することはできず、外交、軍事、経済、社会的要因などが絡み合っていることを強調している。

 第二章は、1914年6月28日に起こったサラエボ暗殺事件から8月に戦争が始まるまでの重要な出来事を詳しく説明している。各国政府の意思決定プロセス、特にドイツ、オーストリア・ハンガリー帝国、ロシアが危機の中で果たした役割、そしてなぜ外交が戦争を防げなかったのかについて深く分析している。

 第三章は、ヨーロッパ列強の同盟と対立について詳細に説明している。ヨーロッパの同盟がヨーロッパの国々の緊張をどのように増大させたかを論じている。

 第四章は、第一次世界大戦前の軍国主義と各国の軍拡競争について論じている。軍国主義により、各国は国際問題を武力で解決しようとする傾向が強まり、国際関係はさらに悪化したと指摘している。

 第五章は、国内政治が各国の外交政策や戦争決定にどのように影響を与えたかを論じている。労働運動や民族主義の圧力、政治改革の要求といった国内問題が、政府に戦争を通じて国内の対立を転換させる手段を取らせたと指摘している。

 第六章は、戦争の勃発における経済要因、特に産業化と国際貿易の競争について分析している。各国は資源、市場、植民地をめぐって争い、帝国主義的な競争が激化していった。著者は経済的対立が戦争の唯一の原因ではないが、各国間の外交的緊張の背景を作り出したと指摘している。

 第七章は、帝国主義は列強間の競争を激化させただけでなく、ヨーロッパ以外の地域にも紛争を引き起こした。オスマン帝国の衰退はバルカン地域の動乱を招き、ロシアとオーストリア・ハンガリー帝国のこの地域での競争が戦争の直接的な要因となった。帝国主義的野心により、各国の戦争の可能性が一層高まったと指摘している。

 第八章は、1914年のヨーロッパ社会の全体的な思想や文化的要因が戦争の勃発に与えた影響を探っている。著者は、当時の民族主義、軍事行動に対する楽観的な態度が、メディア、そして世論の中で広く浸透していたと指摘している。社会全体で戦争への期待と支持が高まり、特に戦争初期には、これが各国政府の決定を後押しし、戦争が避けられないものにしたと指摘している。

 結論部分で、ジェームズ・ジョエルは第一次世界大戦勃発の複雑な要因をまとめている。この戦争は単一の出来事や国によって引き起こされたものではなく、複数の要因が共同して作用した結果であると強調している。複雑な外交関係、軍事計画の相互作用、各国指導者の誤解や判断ミスが含まれている。未来に同じ過ちを繰り返さないために、歴史からの深い教訓を学ぶべきだと訴えている。

 

●本書の論点と批評

 第一次世界大戦の起源は非常に複雑であり、説明は困難であるが、著者は、それでも重要な要因としていくつかを挙げている。これをまとめると以下のようになる。

 

一、ドイツとオーストリア・ハンガリーの対外政策。オーストリア・ハンガリーがセルビアに対して武力行使を決定した際、ドイツの極めて攻撃的な「世界政策」と、オーストリア・ハンガリーの失敗した「バルカン政策」が恐ろしく絡み合った。


二、ヨーロッパ諸国の軍備競争。各国政府は軍備競争が平和を促進する抑止力になると考えていたが、逆に各国民に戦争が早く来てほしいという誤った期待を生じさせた。


三、外交。第一次世界大戦前の各国の秘密外交と、貴族が政府の外交部門を掌握していたことが、19世紀の「貴族の栄光」という雰囲気をもたらし、近代国家の政策と実際の外交行動の間に乖離を生じさせた。の三点である。これらの要因が1914年の7月から8月にかけて、第一次世界大戦を引き起こす原因となった。

 

 まず、本書には感銘を受ける部分が多い。著者は、19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパの政治的、軍事的状況を詳細に描き出し、各国がどのようにして競争し、同盟を結び、最終的に戦争へと向かっていったのかを分析している。特に「七月危機」の詳細な分析は見事であり、各国のリーダーがどのようにして連鎖的に誤った決断を下し、結果的に戦争を不可避にしたのかが詳しく分析されている。

 そして、著者のまとめの部分での歴史観に関する考察が非常に良いと感じた。彼は、自身が理解するマルクス主義的歴史観を導入して社会全体や経済から長期的かつ広範な説明を求める方法を取るべきではなく、1914年当時の人々の思考様式や価値観を深く理解することが重要だと考えている。私がこのまとめを非常に良いと感じる理由は、著者の思想はカール・ポパーと一致していて、私はポパーを尊敬しているからだ。ポパーは、全体主義と歴史決定論を強く批判している。彼は、どのようなプロジェクトも全方位から計画し、研究することは不可能であると考えており、歴史研究もまた一つのプロジェクトだと捉えている。社会全体や経済から説明を求めるべきではないと考えている本書の著者の立ち位置によってこそ、第一次世界大戦の起源研究の歪曲を避けることができる。歴史決定論は、歴史の発展には背後に一定の法則があり、特定の目標に向かって進んでいき、最終的にその目標を達成するという考え方である。しかし、本書の著者は、とりわけこの戦争の初期段階において、人々には積極的に行動する機会があったと強調している。

 しかしながら、この本にはいくつかの疑問や反論すべき点も存在する。まず、著者が提示する「戦争の不可避性」という視点は、一部では過剰に決定論的であると感じられる。確かに、彼が描く情勢は非常に緊張感に満ちており、戦争が避けられなかったという見解には説得力がある。しかし、各国の外交的努力や、一部の指導者が最後まで平和を模索していたという事実をもう少し重視してもよかったのではないかと感じる。著者は、戦争が不可避であったと強調するあまり、外交交渉の可能性や平和的解決のための努力が持つ意味を過小評価しているようにも見える。

 さらに、本書の欠点を指摘するとすれば、国際経済に関する部分である。著者は、第6章において「この戦争が経済的な圧力や緊急の経済的要因によって引き起こされたと分析することは難しい。」と述べている。しかし、同時にマルクス主義者の立場から、戦争が資本主義の本質であり、資本主義の危機が深まることで戦争につながると主張している。資本主義は経済体制、経済制度であり、著者自身が「関係が薄い」と言っているのにもかかわらず、この点での推論を持ち出すことにはやや無理があり、実際に本文では次の章に無理やり移るような印象を受ける。説得力に欠ける部分である。

 

●おわりに

 しかし、ここで取り上げたものは大きな欠点ではない。本書は幅広い文献を引用し、多くの先行研究を踏まえて多角的な議論を展開している。それにもかかわらず、一般読者にも十分に理解できるように書かれており、戦争の原因を探る際に多くの視点を提供している。第一次世界大戦の起源に関する傑作といえる。

 
 
 

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