『シンデレラはどこへ行ったのか―少女小説と『ジェイン・エア』』
- seikeigakubueuropa
- 2月4日
- 読了時間: 5分
著作:廣野由美子
出版社:岩波新書
発行年:2023
評者:久保瑞穂
🟢はじめに
この本は、著者が「物語は人生に作用する大きな力をもっている」という主張を展開する際に、著者自身が影響を受けた、強く生きる女主人公の物語を軸に主張の証明を試みたものである。
著者は京都大学文学部出身であり英文学、イギリス小説を専攻している。また、著者は二人姉妹の妹であり、幼少期に男尊女卑や長子を尊び末子を蔑む序列制の家庭環境のなかで育った。そのため、本を読むことが心の支えであった著者にとって、苦難を乗り越え、明るく生きる少女の物語は勇気を与えるものであった。
🟢目次
序 『ジェイン・エア』から少女小説へ
――「シンデレラ・コンプレックス」と「ジェイン・エア・シンドローム」
第1章 脱シンデレラ物語の原型
――シャーロット・ブロンテ『ジェイン・エア』
第2章 アメリカへ渡った「ジェイン・エア」の娘たち
――『若草物語』『リンバロストの乙女』『あしながおじさん』
第3章 カナダで誕生した不滅の少女小説
――ルーシー・モード・モンゴメリ『赤毛のアン』
第4章 イギリスでの変転とその後の「ジェイン・エア」
――ルーマー・ゴッデン『木曜日の子どもたち』
終章 変わりゆく物語
――「ジェイン・エア・シンドローム」のゆくえ
🟢概要
序では、まず上記した著者の主張を明示した上で、シンデレラ・ストーリーとシンデレラ・コンプレックス[2]の関係を、持論を用いて明らかにしている。次に、『赤毛のアン』、『若草物語』、『リンバロストの乙女』、『あしながおじさん』などの少女小説の原典が、イギリスで誕生した大人のための古典小説『ジェイン・エア』であることを指摘した。このことは、これまでほとんど指摘されておらず、著者はこのような形のストーリーが生み出す作用や現象を「ジェイン・エア・シンドローム」と独自に提唱した。
第一章では、『ジェイン・エア』以前のシンデレラ・ストーリーの共通点を示した上で、『ジェイン・エア』がどのような作品であるのか、シンデレラ・ストーリーにはない新しい要素を含む「脱シンデレラ物語」を成立させている条件とともに紹介している。
第二章では、『ジェイン・エア』が国内外に与えた影響を解説している。そこからアメリカで生まれた「脱シンデレラ物語」の作品群である『若草物語』、『リンバロストの乙女』、『あしながおじさん』などで描かれる、強く生きる女主人公の物語を読み解き、『ジェイン・エア』と作品群に登場する女主人公の性格や境遇の共通点を証明している。
第三章では、「脱シンデレラ物語」の代表的作品として、カナダで誕生した『赤毛のアン』を取り上げ、どのような内容で、いかに新しい要素を含んでいるのか、詳細に論じている。
第四章では、イギリスで『ジェイン・エア』がいかに変転したのか『木曜日の子どもたち』から検討し、「ジェイン・エア・シンドローム」の光と影について解説している。
終章では、現代における物語の意味を問い、その先の展望について考察している。
🟢論点
本書において、文学作品は人間の内面に深く影響を与えるという持論をふまえ、作品への過度な傾倒によって作品と自分を客観視できなくなることにより生じる問題も提起している。
そして、脱シンデレラ物語を通じて、女性の新しい人生の在り方、つまりシンデレラ・コンプレックスから脱却する助けがもたらされたことについても同時に伝えている。
🟢批評
この本は一見、シンデレラ・ストーリーと脱シンデレラ物語の二項対立のように思われるが、実際は脱シンデレラ物語に重点を置きつつ、シンデレラ・ストーリーも否定的に捉えているわけではない。これは、著者自身が多くの本を区別することなく読み、特に脱シンデレラ物語に影響を受けたというバックグラウンドがあるからに他ならない。しかし、そうした側面が強く反映されすぎた結果、脱シンデレラ物語の特徴を含むエピソードが細かく解説されており、ただの作品紹介になっていると感じる箇所が散見される。またそれは、第1章で、シンデレラ・ストーリーが生まれた歴史的背景や受容された理由などが明確に説明されていたことで、より各作品の分析不足が鮮明化しているという点を指摘せざるをえない。
著者の最大の主張は「本には人生に影響を与える力がある」というものだが、これの根拠として挙げているものが第2章、3章で取り上げられている作品群を書いた著者たちのことである。だが、その著者たちは4名のみであり、影響を受けたと考えられる『ジェイン・エア』を含む少女小説の読者については一切触れられていない。そのため、本書内で『ジェイン・エア』を含む少女小説が出版された当時は人気であったとのみ記載されていることに疑問を持った。当時の読者層などに触れることで、著者の主張に説得力が増すと考えられる。
🟢おわりに
主張に対する根拠が弱いが、文学作品からみる女性像の変遷をたどるには良い本だと考える。
本書の読者層として、少女作品群に知識がなくとも読み進めることは可能であるが、詳細に書かれている主人公の性格やストーリーなどは、著者のバイアスが含まれていることを念頭に置いて読む必要がある。
そして、著者は本のすばらしさを伝える一方で、シンデレラ・ストーリーが再生産されている現代において、潜在的に植え付けられた女性の内面からジェンダーギャップを解消することの難しさを呈したかったのではないかと考えられる。
【脚注】
[1] 不遇の美しく従順なヒロインが、受動的に苦境を乗り越え、金持ちの魅力的な男性と幸せな結婚をするというサクセス・ストーリー。
[2] 1981年、アメリカの女性作家コレット・ダウリングが著書『シンデレラ・コンプレックス』で発表した概念であり、外からくる何かが、自らの人生を変え、守ってくれるだろうという、女性自身のなかに潜在する無意識の依存願望を指す。
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