『ホロコーストの現場を行く』
- seikeigakubueuropa
- 2月4日
- 読了時間: 5分
作者:大内田わこ
出版情報:岩波書店
出版年:2022年
評者:セキイカ
●はじめに
『ホロコーストの現場を行くーベウジェツ・へウムノー』は、著者の大内田わこさんがホロコーストの歴史的な場所を訪れ、その経験や感情を通して読者に伝える旅行記のような内容である。ホロコーストは第二次世界大戦中にナチス・ドイツによって行われたユダヤ人の大量虐殺であり、この本では特にポーランドにあるベウジェツとヘウムノという二つの強制収容所について詳しく描かれている。
●本書の内容:2つの収容所
目次
第1章:ここで何があったのか(最初の現場;よみがえる記憶 ほか)
第2章:最終解決とラインハルト作戦(ヒトラーの意で;異常なほどのユダヤ人嫌悪 ほか)
第3章:博物館・展示室案内(日本人学校の教師が;初めての訪問時 ほか)
第4章:絶滅拠点ヘウムノ(話題の映画で;教会もナチスに ほか)
第1章では、最初の現場とよみがえる記憶について描かれ、第2章では、安楽死とは殺人、ベウジェツなど3か所のユダヤ人絶滅収容所について書かれている。第3章では、博物館・展示室写真の例などが示され、ソビブルでガス室が発見されたことが語られる。そうして、第4章では、クロード・ランズマンの映画などを例に、ヘウムノ強制収容所について説明されている。
上記の通り、本書の軸になるのは2つの強制収容所である。そのうちの1つ、ベウジェツ強制収容所は、ユダヤ人の絶滅を目的としたラインハルト作戦の一環としてポーランドで最初に設立された収容所である(14ページ)。本書は、ベウジェツの地理的な位置、キャンプの構造、ユダヤ人絶滅の手順を説明している。本書によると、ベウジェツは効率的な絶滅収容所として知られており、その施設は迅速な処刑と大量の犠牲者の死体処理に特化していた。著者は、生存者の証言とナチス官僚の記録を研究して、ベウジェッツがガス室を使って短期間に多くのユダヤ人を殺害し、犯罪を隠すために証拠を隠滅しようとしたことを明らかにした。
ヘウムノは、もう一つの重要なユダヤ人絶滅収容所で、ナチスが初めて体系的に毒ガス車を使って虐殺を行った場所でもある。ここもまた、数多くのユダヤ人が殺された。著者は、「ヘウムノでは、移送された人々がすぐにガス室で命を奪われた」と説明している。ヘウムノ強制収容所はナチスのホロコーストの実験場の役割を果たし、毒ガス車を使った最初の大量虐殺が行われた場所である。
ナチスは、これらの場所で合計200万人を超えるユダヤ人をガスで殺した。計画を終えると、施設すべてを破壊しつくし、更地にした跡地は樹木を植え、殺戮の跡をきれいに消し去った。
●批評
次に、本書について批評を試みたい。この本の良い点についてであるが、まず、著者はポーランドのベウジェツやヘウムノといったホロコーストの重要な現場を実際に訪れている。その上で、これらの場所を多くのユダヤ人が命を落とした強制収容所や絶滅収容所として説明されている。本書では、現地の風景や、そこで感じた恐怖や悲しみを詳細に描写している。例えば、ベウジェツで感じた静寂や、訪れた場所の空気感が伝わってくる描写が印象的である。また、この本のもう一つの魅力は、ホロコーストの歴史をただ説明するだけでなく、その悲劇が現代にどのように影響を与えているかについても言及しているところである。
以上のように、良い点も見られるが、いくつか気になる点もある。まず、1点目として、著者の個人的な感情や体験が強く反映されている部分が多いため、読者によっては少し主観的すぎると感じるかもしれない。例えば、著者がベウジェツを訪れた際に感じた「この地に立つと胸が締めつけられるような思いがする」といった表現は、感情的には共感できるものの、歴史的な事実を知りたい読者にとっては、少し感傷的に過ぎる部分もある。
さらに、2点目として、本書の構成はやや散漫に感じられる部分がある。各章が独立したエピソードのように書かれているため、全体の流れがつかみにくく、読んでいて戸惑うことがある。特に、異なる場所のエピソードが頻繁に切り替わるため、時系列や地理的な位置関係が分かりにくくなっていると感じた。最後に、3点目として、著者の考察が時折、感情的になりすぎている部分がある。例えば、「この悲劇を二度と繰り返してはならない」というメッセージは大切ではあるが、こうしたメッセージ性の強い表現が目立つために、逆に客観的な歴史を知りたい読者には重く感じさせてしまうことがあるかもしれない。
●おわりに:記号化されたホロコースト像をこえて
ホロコーストの研究では、生存者の証言が数少ない最も重要なの情報源の1つになることがよくある。しかし、これらの証言は、時間の経過や記憶の曖昧さ、トラウマの影響を受けて、不一致や矛盾が生じることもある。
しかし、現代社会ではホロコーストの記憶が簡略化されたり記号化されたりして、もはや象徴的な文化的シンボルとなっている。著者はこのような現象を批判して、歴史の教訓が薄れる危険性を述べている。ホロコーストを議論する際には、表面的な歴史的事実だけでなく、その背後にある複雑なメカニズムや道徳的教訓を深く理解することが重要である。
『ホロコースト現場所行くーベウジェツ・ヘウムノー』は、ベウジェツとヘルムノの二つの強制収容所に対する深い考察を通して、ナチスのホロコーストに関する重要な歴史資料と道徳的省察を読者に提供している。この本を通じて、読者は更に深くナチスの虐殺のメカニズムの系統性を理解することができる。そして、これらの歴史的な事件は現代社会に対して深遠なる影響を与えるものである。
歴史は単なる過去の遺跡ではなく、私たちが現在と未来を理解するための重要なツールである。絶え間ない教育と文化の継承を通じて、歴史の悲劇を防ぐことができる。本書は、そのことを改めて我々に問いかけ、思い出させてくれる一冊である。
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