top of page

『ドイツ帝国時代を読む 権威主義的国民国家の岩盤とその揺らぎ』

  • seikeigakubueuropa
  • 2月4日
  • 読了時間: 7分

著者:五十嵐一郎

出版社:社会評論社

出版年:2018年


文責:リシエン

                       

●はじめに

 五十嵐一郎著『ドイツ帝国時代を読む』は、1871年に成立したドイツ帝国から第一次世界大戦の終結までの期間を中心に、ドイツがどのようにして権威主義的国民国家を形成し、その体制がどのように揺らいでいったかを多角的に分析した研究書である。ドイツ帝国の形成過程、ビスマルク体制下の政治動向、急速な経済発展、そして帝国の崩壊に至るまでの歴史的背景を多角的に分析している。著者は、多様な歴史資料を駆使し、政治・社会・文化的な観点からその変化を探っている。

 五十嵐一郎は、東京教育大学大学院文学研究科西洋史専攻修士課程を終了。埼玉県立高等学校の社会科教論として五校に勤務している。本書の他にも、『近代の光芒―国家の原風景』などの作品を発表している。

 本書の中で著者が提起する主要な問題は、ドイツ帝国が「権威主義的国民国家」としての特性をどのようにして維持し、その基盤がどのようにして揺らぎ始めたのかという点である。以下に、この議論に対する批判的な考察を展開したい。


●本書の概要

・目次

第1章 ドイツ帝国時代の見取り図

第2章 強権的支配体制と忠誠心

第3章 生活苦にあえぐ大都市住民

第4章 「臣民」の培養装置

第5章 排除の壁を乗り越えた時

第6章 民族主義の偏見とそれへの警鐘

第7章 教養知識人に特有な思考様式

第8章 国民の政治的「成熟」への問いかけ

補章 W.J.モムゼンのドイツ帝国時代史研究についてのスケッチ


・第1章:ドイツ帝国時代の見取り図

 まずこの章では、ドイツ帝国(1871年~1918年)の全体像が描かれます。ドイツ帝国の成立背景、ビスマルクの政治手腕、そしてその後の皇帝ヴィルヘルム2世の時代に至るまで、帝国の政治構造や社会的特徴が説明される。帝国主義的な外交政策や経済的発展も含めて、時代の基本的な枠組みを整理する。


・第2章:強権的支配体制と忠誠心

 この章では、ドイツ帝国の支配体制の強権性に焦点を当てている。帝国は軍事的、官僚的な統治機構を持ち、国民に対して強い支配を行っていたが、その一方で市民がいかにしてこの支配体制に忠誠心を示したかが議論される。プロイセンの伝統的な忠誠心と服従の文化が、どのように国民の政治意識に影響を与えたのかを考察する。


・第3章:生活苦にあえぐ大都市住民

 この章では、ドイツ帝国時代の都市労働者の過酷な生活環境が描かれている。特にベルリンでの労働者が直面した住宅不足が深刻で、複数人が一つのベッドを共有する「ベッド賃貸制度」が一般化していた。また、女性労働者の厳しい労働条件も取り上げられ、低賃金と劣悪な環境での搾取が問題視されている。


・第4章:「臣民」の培養装置

 この章では、ハインリッヒ・マンの小説『臣民』におけるドイツ帝国社会の風刺が主に扱われている。特に、主人公ヘスリングが軍権に迎合し、暴力行為を通じて当時の社会における軍服と軍事名誉への崇拝を明らかにしている。また、学校教育が軍事文化に与える影響や、社会的地位と軍服の関係、勲章や貴族称号の取得条件についても探求されている。これらは、軍事権威に対する社会の重要性や、軍服と勲章が社会的アイデンティティにおいて果たす役割を反映している。


・第5章:排除の壁を乗り越えた時

 この章では、近代ドイツにおける女性の社会的および法的な不平等について述べている。女性は家庭や社会の中で従属的な立場にあり、政治的権利がなく、選挙や政治活動に参加できない。労働階級の女性は低賃金や家庭と仕事の両方でのプレッシャーに直面し、中産階級の女性は家庭の役割に制限され、実質的な教育や職業の発展が欠けている。女性解放運動には一定の進展があり、1865年に全ドイツ女性連盟が設立され、1908年には法律の改正がありましたが、保守派の干渉により改革の進展は制約を受けた。


・第6章:民族主義の偏見とそれへの警鐘

 この章では、20世紀初頭にイギリスに留学した夏目漱石の経験と感受性について述べている。彼が異国文化の中で孤立し不安を感じたこと、そしてその経験が彼の文学作品にどのように影響を与えたかが重点的に描かれている。漱石は西洋文明との対立の中で、文化と社会の大きな違いを感じ、この体験が彼の作品に深く影響した。章は漱石の個人的な苦悩を分析し、当時の西洋の東洋文化に対する偏見と、それが漱石の内面世界に与えた衝撃を明らかにしている。


・第7章:教養知識人に特有な思考様式

 この章では、ドイツ帝国時代の知識人層が持っていた特有の思考様式が分析されている。特に、教養市民層に根付いた「教養」という概念が、国家と社会に対する責任感や自己意識の形成にどのように寄与したのかが取り上げられる。この教養主義は知識層の中で重要な役割を果たし、帝国の政策や文化に大きな影響を与えた。


・第8章:国民の政治的「成熟」への問いかけ

 この章では、第一次世界大戦初期におけるドイツの知識人と文化界の論争と戦争目標について探討している。開戦初期、ドイツの文化界は戦争を支持する声明を発表したが、これに対しイギリスやフランスから軍国主義の潜在的な意図があるとして批判された。戦後初期、ドイツ政府は拡張主義的な計画を提案し、知識人の間で戦後のドイツの利益に関する意見の分裂を引き起こした。一部の知識人はドイツの影響力を拡大するために征服を支持したが、他の一部は協議による平和を主張した。この章では、ドイツの知識人がどのように民族主義と帝国主義政策の影響を受け、戦後のドイツの国際的地位についてどのように考えていたかも探討されている。


●本書の論点:ドイツ帝国の政治体制とビスマルクの役割

 1871年のドイツ帝国成立は、プロイセン王国主導でのドイツ統一が成功し、ドイツ帝国が成立した。五十嵐一郎は、本書において、この統一がプロイセンの強力な軍事力と、ビスマルクの卓越した政治手腕によって実現されたことを指摘している。ビスマルクは、帝国憲法を制定し、プロイセン王国の支配を強固にしながらも、他のドイツ諸邦との連携を図るというバランス感覚を持ち合わせていた。この憲法は、君主権を強化しつつも、議会制度を導入することで、権威主義と近代的な国民国家の要素を融合させることに成功した。ビスマルクの政治手法は、しばしば現実主義的と評され、その実利的なアプローチが帝国の安定と繁栄をもたらした。彼は、ヨーロッパにおける勢力均衡を維持するために巧妙な同盟網を築き、フランスを孤立させると同時に、ロシアとの関係も維持した。しかし、彼の辞任後、ヴィルヘルム2世による攻撃的な外交政策が、ドイツ帝国を国際的孤立へと導いた。

 ドイツ帝国成立後、特に重工業と化学工業を中心に急速な産業化が進進んだ。五十嵐一郎は、この経済的発展がドイツ社会に多大な繁栄をもたらしたことを認めつつも、その一方で、社会的不均衡や労働運動の激化を引き起こした点を強調している。産業化の進展に伴い、都市部への人口集中が進み、労働条件の悪化が問題となった。このような状況は、労働者階級の不満を募らせ、社会主義運動の台頭を促進しました。ビスマルクは、労働者の不満を鎮めるために社会保険制度を導入した。この政策は、福祉国家の先駆けとされ、労働者階級の支持を得ることに成功したが、それは同時に帝国の権威主義的支配を強化する手段でもあった。帝国の急速な発展は、社会的対立を生み出し、後の政治的不安定の原因ともなった。

 ビスマルクの辞任後、ヴィルヘルム2世による新航路政策が展開された。この政策は、積極的な海外進出と軍事力の強化を目指すものであったが、結果的にイギリスやフランスとの対立を激化させ、第一次世界大戦の引き金となった。五十嵐は、ヴィルヘルム2世の外交政策が帝国の崩壊に直接的に寄与したと指摘する。

 第一次世界大戦は、ドイツ帝国に致命的な打撃を与えた。戦争の長期化は、国内の経済崩壊と政治的混乱を招き、1918年にはドイツ革命が勃発し、ヴィルヘルム2世の退位と帝政の崩壊をもたらした。五十嵐は、この帝国の崩壊を、内部の制度的矛盾と外交政策の失敗の結果として位置づけている。


●おわりに

 以上のように、五十嵐一郎著『ドイツ帝国時代を読む』に基づき、ドイツ帝国の政治体制、社会経済の発展、外交政策とその国際的影響を考察した。ビスマルクの現実主義的政策は、帝国の安定と繁栄に大きく寄与したが、ヴィルヘルム2世の攻撃的外交が帝国を崩壊へと導いた。ドイツ帝国の歴史は、権威主義的統治と社会変動の相互作用を理解する上で重要な事例であり、その研究は多様な視点から今後も継続されるべきである。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2024年度ゼミ論集・優秀論文の選定について

本ゼミでは、ゼミ生の研究成果を発表する場として、ゼミ論集を刊行しています。今年度より、卒業生を中心に構成されたゼミナール論集委員会で、優秀論文の選定を行うことになりました。審査の結果、以下の通り、今年度の最優秀論文1本、優秀論文2本を決定いたしましたのでご報告いたします。...

 
 
 
『第二帝国』上巻

著者:伸井太一 出版社:合同会社パブリブ 出版年:2017年 評者:劉芊葉 🟢はじめに  伸井太一編著の『第二帝国』上巻は、19-20世紀のドイツ帝国について書かれた本で、政治、社会、文化、そして日常生活について詳しく解説している。なお、この本は上下巻で刊行されており、各...

 
 
 
『第一次世界大戦の起源』

著者:ジェームズ・ジョエル  出版社: みすず書房 出版年:2020年 評者:ゴチシン ●はじめに  第一次世界大戦は、ヨーロッパだけでなく全人類に深刻な災難をもたらした。この戦争が終わって以来、各国の研究者や平和を求める人々は戦争の原因を探り、その中で、国際史研究者の一人...

 
 
 

Comments


  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

©2021 by 拓大「ヨーロッパの社会経済と歴史」ゼミ。Wix.com で作成されました。

bottom of page