『チョコレートで読み解く世界史』
- seikeigakubueuropa
- 2月4日
- 読了時間: 7分
著者:増田 ユリヤ
出版社:ポプラ社
出版年:2024年1月29日
評者:佐野祐己
〇書評に導入する前に
書評のしやすさで言えば、ある一つの国に関して書かれた「一国史」系の新書が書評しやすいのではないかと考えたが、イギリスやフランスなど、大国を中心に対象としたかった国が多くあった点、昨今の社会情勢の礎となるヨーロッパの近代史を網羅したかった点、この本を初めて見た際に、チョコレートという「たった一つの食べ物」から、ヨーロッパの歴史を読み解こうとする独特な着眼点が面白いと思った点などから、今回上記の本書を選出させてもらった。
〇導入(作者紹介)
本書は、本のタイトルにもある通りチョコレートという食べ物を軸にして、作者の20年以上にも渡る海外の取材やそれに伴った経験から、読み手が少しでも歴史や宗教を身近に感じ、昨今の社会情勢を理解する社会情勢を理解するきっかけになればという思いで筆者が書いた本である。
著者は増田ユリヤ(ますだ ゆりや)氏で、1964年生まれの神奈川県出身である。國學院大學文学部を卒業した後、25年以上、高校で世界史等の社会科目を教えながら、日本テレビやテレビ朝日などで歴史・地理分野でコメンテーターを務めるなど、ジャーナリストとしても活躍した。主な著書に、「移民大国フランスで生きるこどもたち」、「揺れる移民大国フランス 難民政策と欧州の未来」などがある。
〇目次
はじめに
第1章:マヤ・アステカ文明で飲まれていたカカオ
第2章:コロンブスがカカオをヨーロッパへ
第3章:キリスト教抜きには語れない中世ヨーロッパ
第4章:ユダヤ人がチョコレートをフランスへ
第5章:王家の結婚がチョコレートを広めた
第6章;プロテスタントが発展させたチョコレート産業
第7章;伝統とSDGsを大切にする21世紀のチョコレート
〇内容
・第1章
この章では、カカオやマヤ文明・アステカ王国の歴史が記されている。マヤ文明やアステカ王国は大航海時代のスペインに征服された。マヤ文明やアステカ王国の歴史についても描かれているが、ヨーロッパ近代史を軸とする本書の主題に直接関わらない部分であるため、その詳細について今回は割愛する。
・第2章
ここでは、コロンブスの歴史を軸とした大航海時代前後について筆者は語っている。筆者によると、カカオがヨーロッパにもたらされるきっかけになったのは大航海時代とされる。イタリアのジェノヴァで貧しい毛織物職人の子として生まれたコロンブスは幼い頃から船乗りに憧れていた。当時のジェノヴァは常に人員不足で、コロンブスは10代から見習いとして航海に出るようになった。航海中にコロンブスはラテン語、気象学、天文学、地理学、数学など航海に必要なことを学んだ。コロンブスは成長し、やがて商船の船長になった。ある日地中海を西に航行していた際、海賊に襲われ、海に流されるが運よくポルトガルの海岸に流れ着く。しかし、ポルトガルではうまくいかず、心機一転を図りスペインに移る。そこでコロンブスはキリスト教の布教活動を理由にスペインの支持を得ることに成功し、ついに船出に成功する。
コロンブスはカリブ海などに到達し、「コロンブスの交換」と呼ばれるように、カカオ、トウモロコシ、ジャガイモ、トマトなどをアメリカ大陸から持ち帰り、ヨーロッパ社会に食文化の革命をもたらした。
・第3章
ここでは、ペストの流行や宗教改革などの、激動の時代であった中世ヨーロッパについて、キリスト教の歴史を踏まえた上で解説している。14世紀に流行したペストの流行で、死者が大量発生し、労働者が不足し、それまで酷使され続けてきた農民を始めとした労働者の賃金や地位が向上し、社会構造にも変化が生まれた。キリスト教の信仰のもとこれまで権威をふりかざして生きていた聖職者に対して農民による反乱なども多発した。ペスト(感染症)流行を前にして、皇帝も教皇も聖職者も農民も身分に関係無く感染してしまうことが明白になった時代でもあった。
また、16世紀の初めに起こったのが、ルターが始めた宗教改革であった。グーテンベルクによる活版印刷技術の実用化と聖書の普及により、教皇を中心としたカトリック教会の堕落を憂い、聖書の教えにのみ救いがあるという考えは、瞬時に多くの人々に広まっていった。
・第4章
この章以降ではヨーロッパとチョコレートの関係について、歴史的に語られる。ヨーロッパで1番にチョコレートを手にしたのはスペインであった。1521年にスペイン人のコルテスがアステカ文明を滅ぼすと、原料のカカオを手にいれるようになった。カカオの調理をする舞台のひとつとなったのが修道院である。スペインのカタルーニャ地方に今も残るポブレー修道院は、12世紀にイスラム教徒から占領されていたバルセロナ地域をレコンキスタ(国土回復運動)によって奪回した記念として建設された。2階には「チョコレートの間」があり、そこでカカオが調理されたという。またユダヤ人がチョコレートを作る技術をスペインからフランスに持っていく様子についても本書で触れられており、ヨーロッパにおけるチョコレートの伝播が説明される。
・第5章
ここでは主に、王家(主にフランス)とチョコレートとの関係性について触れられている。前述したユダヤ人経由のルートの他にフランスにチョコレートがもたらされた可能性のあるルートとして、2種類の説が取り上げられている。
一つは、修道院同士の繋がりによるものである。具体的には、スペインの修道士がフランスの修道院を訪問した際に、スペインの修道士によってフランスに持ち込まれたとする説である。もう一つは王家の子女同士が結婚する際に一緒に食文化ももたらされたとする説である。フランスでルイ13世と14世がスペインの王女と結婚し、スペイン王室で飲まれていたチョコレートがフランス王宮に運ばれていたらしい。
・第6章
ここでは、前述のスペイン、フランスといった主にカトリックを信仰している国々の出来事から変わり、16世紀の宗教改革によってプロテスタントが広まったイギリスやオランダなどの北西ヨーロッパについて触れられている。北西ヨーロッパではカトリック圏とは異なり、チョコレートは工場で生産されるようになった。また、ミルクチョコレートやチョコレートをなめらかにする技術を生み出したスイスについても触れられている。
・第7章
この章は、話が現代的かつ世界規模かつSDGsなど世界規模などで割愛する。
〇批評
この本は全7章で構成されているが、第1章から第3章までの内容では、チョコレートに触れているシーンがとても少ない。逆に第4章からは歴史とチョコレートの話が多く出てくる。筆者は、第3章までを導入として第4章以降に繋げるために必要な基礎知識の場面と位置付けたかったかもしれないが、特に2、3章は知識のレベルが表層的で、極端に言えば「ヨーロッパを詳しく書いた世界史の教科書」感が拭えなかった。勿論世界史の学び直しや、ヨーロッパの知識を得たい読者層にとっては大変有益な本かもしれないが、もうすこし、題名にもある「チョコレート」と絡ませてほしかったことは事実である。
第1章から第3章の部分を第4章への導入とするなら、あまりにもつながりが薄いと個人的に感じた。今までは、キリスト教関連の歴史(感染症や宗教改革など)を「世界史の教科書」感のように著述していたが、それが第4章以降に生かされているとは自分はそこまで感じられなかった。もちろん著者に何らかの狙いはあったと思うが、それが効果的かは明確には好意的には思わない。また、著者は高校教師だったということもあり、世界史を広く分かりやすく教える能力を培っているであろうが、「知識を蓄える」ゾーンであった第1章から第3章の中では、少なからず発揮されていたかもしれないが、今回は「チョコレートから考える」なので、前述した通り、多少知識部門を削ってでも、もう少しチョコレートに関わった部分が欲しかった。
また、個別の内容面についても、いくつか指摘をしたい。これは本論評者の文章理解力の問題である可能性も十分に考えられる。ただ、例えば第3章で「宗教の持つ善悪の二面性」が取り上げられるが、善の部分についての解説が見当たらなかった(明確な善の部分が欲しかった)。また、第6章のオランダの土地の説明で干拓地(干潟などを干上がらせ陸地にすること)の説明が欠如していたように思われる。上記のように、本書の知識内容はそれほど深いものではないことから、初学者や歴史に普段触れていない読者層が多いことも想定される。したがって、より丁寧な分かりやすい解説があれば、読者の理解もより進んだはずである。
以上のように、細かい疑問はあったが、題名の与えるインパクトの大きさ(一つの食べ物から歴史を語る斬新さ)、語り口調で書かれており読み手の読みやすさの配慮がある点、そして当時の具体的状況を伝える歴史説明の豊富さも相まって、ヨーロッパの歴史を学びたい層にとっては十分に薦められる一冊といえる。
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