『スウェーデン・デザインと福祉国家 住まいと人づくりの文化史』
- seikeigakubueuropa
- 3月27日
- 読了時間: 5分
著者:太田美幸
出版社:新評論
出版年:2018年
評者:舟山大輝
◉はじめに
本書はスウェーデンのデザインと福祉国家がどのように作られていったのかを中心に、主に19世紀後半〜20世紀前半のスウェーデンの人物や思想、政策などを説明している。著者は社会学研究科の教授であり、著書には教育に関する本が多い。スウェーデンのデザインに惹かれた著者が教育の観点を中心に、人間の思想やデザインの変遷とそれが人間形成と社会形成に及ぼした影響について考察しているのが本書である。
◉本書の概要
本書は各章ごとに1つの現存する建物あるいは施設を紹介し、その歴史をたどることでスウェーデンデザインと福祉国家の発展経緯について理解できるような構成である。そして、人々の住環境の変遷とその背景にある近代デザインの発展経緯について、考察していくといった内容になっている。具体的な各章の内容は以下の通りである。
序章 スウェーデンの暮らしとデザイン
本書の構成に関する説明と本書で主に考えていくことについての説明、そして主に取り扱われている19世紀後半〜20世紀前半頃のスウェーデンについて、当時の状況が簡単に説明されている。
1章 古き良き景観を守るー野外博物館スカンセンと民族ロマン主義
スウェーデンらしさと福祉国家の成立に深く関わる、野外民族博物館「スカンセン(Skansen)」開設当時の思想と景観保存運動が紹介されている。
2章 「美しい道具」をつくるーヘムロイドの伝統と刷新
スウェーデン国立美術工芸大学(Konstfack)の歴史、その母体であるスロイド協会を中心に、スウェーデンのものづくりがどのような発展を遂げたのかが説明されている。
3章 「美しい住まい」の提案―カール・ラーションとエレン・ケイ
理想の住まいの典型として広まった画家のカール・ラーションと、それに影響を受けた教育思想家エレン・ケイを中心に、スウェーデンにおける美しい住まいが形作られた経緯を見ていく。
4章 都市労働者の住環境―世紀転換期のストックホルム
「労働者の街」セーデルマルムを導入に、19世紀後半における都市労働者の劣悪な住環境とそれを改善する民間団体の活動が紹介されている。
5章 日常生活をより美しくースウェーデン近代デザインの思想
スウェーデン近代建築の出発点といわれるストックホルム市庁舎とその設計者の経歴から、伝統的なデザインから近代的・機能的なデザインへの建築デザインと思想の移り変わりを見ていく。
6章 「国民の家」の住宅政策―住宅供給の理念とその背景
都市部の過密や海外への人口流出に対する「国民の家」政策から、福祉国家の確立の要因を紐解いていく。
7章 「美しい住まい」の実践―趣味を育てる消費者教育
これまで紹介してきた思想や活動の発展や衰退、議論など、現在に近い話がされている。
終章 人と社会を育てる住まい
本書の結論についての話がされている。
◉論評
本書ではスウェーデンデザインと福祉国家の成立について、民衆教育が主な要因であると述べられている。民衆教育とは本書の1章で紹介されている景観保存運動や、3章で紹介されているエレン・ケイの活動などにみられる思想や価値観を広める動きを指す。人々の思想や運動による人間形成や社会形成が、本書のメインテーマである福祉国家やデザインの共通のルーツとして影響を与えているという指摘である。著者が過去に労働者教育を研究していた影響もあり、民衆教育に関わる複数の物あるいは組織の経歴を深堀りする形式が取られているが、これには同意できる点と疑問点が存在する。
まず同意できる点だが、スウェーデンが他の欧州諸国とは違った発展を遂げた要因として、民衆教育という視点には説得力があることだ。本書では、スウェーデンが抱えていた問題として、国外への人口流出を上げている。欧州諸国が経済発展を遂げる中、スウェーデンの経済は発展途上であった。そのことから、スウェーデン人がより経済発展している国に移動することは容易に想像できる。そして人工流出に対抗するために昔ながらの暮らしを広めた景観保存運動や、エレン・ケイの思想教育をもとにした住環境の改善などは、説得力のある説明だという印象を受けた。また、民衆教育を様々なトピックを通じて深く見ることによって、より説得力を増していた。ただ表面的な歴史的事象を見るだけでは感じにくい、当時のスウェーデン人の価値観や世間の雰囲気の一端を感じられる点は、本書の評価点であろう。
疑問点として挙げられるのは、19世紀より前の時代と他の要因についての言及が少ない点である。本書では、デザインと福祉国家の発展に民衆教育が深く関わっていたという点とは別に、地理や気候などの他の影響に関する考察があまりされていない。このような要因として考えられることが多いトピックについての言及が少ないことは、読者として疑問が残ってしまう。19世紀以前のスウェーデンの文化的発展について、所々で触れられているものの説明が少ない点も気になる。19世紀以前の文化や歴史的背景についての説明がないと、19世紀以前とそれ以降の歴史のつながりを無視しているのではと感じたためだ。民衆教育という1つの視点に絞った説明は良い点もあるものの、取り扱うトピックが少なめで多角的視点に欠ける点が問題点と言えるだろう。
終わりに
本書はスウェーデンのデザインと福祉国家の成立を、思想や政策を通じた民衆教育の視点から考察した。少数のトピックを深堀りすることで、スウェーデンの歴史における思想や当時の雰囲気を肌で感じることができる。やや多角的視点に欠ける点もあるが、ただ歴史上の事象を追うだけでは得られない魅力が詰まった本であるといえるだろう。




コメント