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『『レ・ミゼラブル』の世界』

  • seikeigakubueuropa
  • 2025年12月18日
  • 読了時間: 6分

著者:西永良成 

出版社:岩波新書

発行年:2017年


評者:小林幸誠


● はじめに

 『レ・ミゼラブル』は19世紀にフランスのヴィクトール・ユゴーによって執筆された長編小説である。『レ・ミゼラブル』は世界的な名作であるが通読した読者は少なく、原因はその長大さと「哲学的な部分」と呼ばれるユゴーの蘊蓄にある。この本は、その「哲学的な部分」をユゴーの思想とともに読み解いていく作品である。

 著者は東京外国語大学の名誉教授で、20世紀のフランス文学を専門としたフランス文学者、翻訳家である。


● 目次

第1章 『レ・ミゼラブル』とはどんな小説か

第2章 ふたりのナポレオンと『レ・ミゼラブル』

第3章 再執筆とナポレオンとの訣別

第4章 ジャン・ヴァルジャンとはどういう人物か

第5章 「哲学的な部分」とユゴーの思想


● 本書の概要

 第1章では、まず『レ・ミゼラブル』のあらすじと構成、時代設定が歴史的背景ととも説明されている。『レ・ミゼラブル』は一度ユゴーが執筆を中断し、12年以上経ってから再執筆され完成に及んでおり、「哲学的な部分」は再執筆の際に加筆されたものであった。そして、その「哲学的な部分」を真に理解するには、この作品の誕生から再執筆に至るまでの、ユゴーの思想の変遷を知る必要があると述べられている。

 第2章では、ユゴーとナポレオン・ボナパルト、ルイ・ナポレオンとの関係性が明らかにされている。『レ・ミゼラブル』にはナポレオン・ボナパルトが偏在しており、その理由としてユゴーの生い立ちと両親の思想を関連づけて指摘している。また、政治家となったユゴーがルイ・ナポレオンとの対立を経て、思想をナポレオン崇拝から共和主義へと変えていく様を、作品からの引用とともに説明している。

 第3章では、ルイ・ナポレオンによって亡命を余儀なくされたユゴーの怒りと抵抗を、『懲罰詩集』や『小ナポレオン』からも読み解き分析している。第2章の後半で述べられたユゴーの反ボナパルト主義は更に強まり、自らの憧れであるナポレオン・ボナパルト、自らが支持した大統領ルイ・ナポレオンの、ふたりのナポレオンとの完全な訣別が指摘されている。

 第4章では、『レ・ミゼラブル』の主人公であるジャン・ヴァルジャンの人物像が語られている。ジャン・ヴァルジャンは貧困による盗みで19年間を刑務所で過ごした犯罪者であり、釈放後も悪事を重ねるが、宗教的回心により徐々にその人間性が良い方向へ変化していく。

著者である西永はこのジャン・ヴァルジャンの人物像に対して聖性を見出し、ジャン・ヴァルジャンは19世紀のキリスト像として描かれていると分析している。

 第5章では、『レ・ミゼラブル』における「哲学的な部分」を、貧困、進歩、死刑制度、宗教観の4つのテーマから読み解いている。『レ・ミゼラブル』では、貧困に関するリアルな描写が小説の全体にわたって数多く登場している。これは古典派の美学が根深く残っていた当時のフランス社会への文学的な挑戦であると述べられており、「哲学的な部分」はユゴーの社会に対する批判と社会問題への関心を表していることが指摘されている。


● 批評

 この本は、『レ・ミゼラブル』という難解な小説を、著者のユゴーに焦点を当て、その一生を深掘りしていくことで見事に読み解いている。またユゴーの思想の変遷を、ふたりのナポレオンとの関係性と照らし合わせ、崇拝、対立、批判に至るまで細かく分析されている。

 そして、第5章の貧困の描写に関しては、複数の視点から『レ・ミゼラブル』の分析がされている。『レ・ミゼラブル』では隠語についてのユゴーの考察がかなり多く描かれている。西永はこの隠語論について、ユゴーの他作品を引用した上で、「ユゴーは、貧困の問題を根底から考えようとすれば、『貧困の言語』、『徒刑囚になった言葉』、『闇の住人たちの言葉』としての隠語を取り上げることが不可避、不可欠であり、さらに有益でさえあると考えていたのだ。」(『『レ・ミゼラブル』の世界』p133)と述べている。西永は『レ・ミゼラブル』内での数多くの貧困描写、ユゴーの隠語に対する考察、ユゴーの貧困に対する思想、の3つの視点から『レ・ミゼラブル』を読み解くことで分析に深みを出している。

 しかし、この本には一部問題点があると言える。それは、ジャン・ヴァルジャンの聖性についての問題である。第4章において、西永は主人公のジャン・ヴァルジャンとイエス・キリストの共通点を示す上で、「彼の人生は貧困のあまりひとつのパンを盗み損ねたという罪とも言えない罪のために社会から迫害され、ひたすら苦難と試練、贖罪と自己犠牲の連続だった」(『『レ・ミゼラブル』の世界』p122)と、ジャン・ヴァルジャンを常に不当な罰を受けた被害者側として扱っている。しかし、いかなる理由があれど、盗みという行為はキリスト教の十戒において禁止されている行為であり、イエス・キリストを引き合いに出す上では罪とも言えない罪という表現は適切ではない。また、その後も刑務所からの脱走を図り自らの罪を重くし、釈放されてからも盗みを何度か行っているため、ジャン・ヴァルジャンの悪事を軽視している点がある。このことから、西永はジャン・ヴァルジャンに聖性を見出すという目的のため、その解釈を無理に人生全体にまで広げようとしていると言える。ジャン・ヴァルジャンに聖性を見出すのであれば、物語の後半部分のみに焦点を絞るべきではないだろうか。

 しかしながら、宗教的回心を経て、徐々に敵対心を持つ相手にも救済の手を差し伸べるようになるなど、キリストと重なる姿はいくつか挙げられているため、一時的ではあるがユゴーがジャン・ヴァルジャンとキリストを意図的に重ねて描いていたという点は同意できる。



● まとめ

 『『レ・ミゼラブル』の世界』は、『レ・ミゼラブル』の「哲学的な部分」をユゴーの思想、経験をもとに読み解き、この長大で難解な小説を読むためのガイドとなっている。この本は5つの章に分けられているが、各章の中でもまた細かい分類がなされている。そのため、批判的な意見を持たせる隙がなく、あらゆる視点からユゴーの思想と『レ・ミゼラブル』の「哲学的な部分」への分析が行われている。一方で、この本の内容自体が情報量が多く、19世紀のフランスについての膨大な知識がなければ完全に理解することが難しいため、『レ・ミゼラブル』は改めてハードルの高い作品だと実感させられる。また、あくまで哲学的、歴史的、社会学的な視点からの分析がほとんどのため、『レ・ミゼラブル』の物語を感情的な面から楽しみたいという読者には向かないという印象を受ける。

 私自身この本を読み解くためにも、『レ・ミゼラブル』の内容を完全に理解するためにも、全く知識が足りていないが、19世紀のフランスに関する知識に自信がある人や、本格的にフランス研究を重ねている研究者にはおすすめできる一冊だと考える。

 
 
 

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