『1918年最強ドイツ軍はなぜ敗れたのか~ドイツ・システムの強さと脆さ~』
- seikeigakubueuropa
- 2024年7月6日
- 読了時間: 8分
著者:飯倉 章 出版:2017年12月20日 文藝春秋
文責:政経学部2年 舩橋琉奈
興味のある地域・分野
地域に関してはドイツ。この地域の歴史を振り返ると、自動車産業では革新的な進化を遂げ、ベートーヴェンやモーツァルトなどの音楽家、哲学者ニーチェなどの思想家を輩出した多才な文化を持つドイツではあるが、過去最強と恐れられた軍事国家でもあった。今回は、戦争という分野に着目して、未だ知り得ぬドイツの歴史を学び、新たな分野への理解を深めるため上記の本を選出した。
はじめに
本書では、20世紀前半に最強とまでうたわれたドイツ軍がわずか半年で降伏せざるを得なくなった歴史を読み解き、「勝利に上手くとも、敗北には弱いドイツ」というシステムを明らかにし、その敗因を追求するものである。
著者の飯倉章(いいくら あきら)は、1956年生まれの城県古河市出身で、現在は城西国際大学にて国際人文学部教授を務めている。専門は近代日欧・日米関係史、および国際政治学における政策決定論であり、『第一次世界大戦史――諷刺画とともに見る指導者たち』(中公新書、2016年)や『第一次世界大戦と日本参戦―揺らぐ日英同盟と日独の攻防』(吉川弘文館、2023年) などいくつかの著作をもつ。
本書の概要
① 目次
まえがき
序章:19世紀ドイツ統一に見る指導者のトライアングル
第一章:1914~1916年夏までの戦況と戦略
第二章:1916年夏からルーデンドルフの時代が始まる
第三章:「春季大攻勢」の準備
第四章:1918年春季大攻勢の「大成功」が準備した敗北
第五章:限界に達していたドイツ軍
終章:ドイツの敗因
② 内容説明
まえがき:この章では、第一次世界大戦時と現在のドイツの類似点が明されている。ヨーロッパで脅威の存在としてみられてきたドイツの強さは、経済、自動車産業から見て取れるドイツシステム、通貨、愛郷心、かつてより引き継がれてきた上下関係の厳格さにあると述べられている。そうして、軍事的支配とはまた異なるが、ヨーロッパの覇権を握ろうとする現在の状況は、第一次世界大戦の1918年当初の状況に似ており、その後一年足らずで敗北したドイツ軍を現在に重ねると何らかの示唆されるものがあると筆者は想定している。本書は、1918年のドイツ軍の躍進と衰退を中心に見て、ドイツとは何かを考える一種のドイツ論である。
序章:著者によれば、ドイツは強いシステムを構築し、それを容赦なく実行できるが、行き過ぎてブレーキをかけることができなくなる性格がある。成功するときはこれを制御することができ、その具体例としてデンマーク戦争、普墺戦争、普仏戦争が挙げられる。国家指導の中心的役割を担った国王、首相、参謀総長の三角構造(トライアングル)が大きな役割を果たしたとしている。この三者は、当時対立こそあれども、そのバランス崩壊には至らなかった。これにはドイツ特有の「権威への服従の習性」による対立の節度や、首相ビスマルクによるブレーキ役を果たしていたこともバランスを保つ上で重要であった。
第一章:この章以降の各章では、第一次大戦期ドイツの状況が、時系列的に語られる。1914年から1916年にかけては、無制限潜水艦作戦の停止、ヴェルダンの戦い、ソンムの戦い等のこれらを見るに、リーダーシップのトライアングルはまだ機能していたようだった。しかし、このリーダーシップは、ビスマルクの時代にあった連携や服従の姿勢といったトライアングルのバランスを保つために必要な要素が欠けている。詳細な作戦自体を各軍部に通達せず、謀本部という小さなグループで立案され実行、参謀総長は国王を無視しその威信を低下させるという重大な事態が起こっていた。これにより、ドイツ軍のこの時代のブレーキ役を果たしていた当時の参謀総長ファルケンハインは罷免される。これがその後の妥協的な講和の可能性を失わせた原因につながった。
第二章:1916年夏以降、さらなるブレーキ役である宰相ベートマンの反対もむなしく、参謀総長と国王指導の下、ドイツの勝利への容赦無い攻撃が始まる。和平講和の決裂により無制限潜水艦作戦は再開され、その結果、アメリカは連合国側に参入することになる。もしも作戦が中止されていたならば、アメリカの参入は無く、ドイツが敗北へと追い込まれることは無かっただろう。つまり、己の勝利への容赦のなさが暴走した結果、自国を敗北へ導いてしまったのである。さらに、参謀総長らはベートマンの失脚を画策し、ついには辞任へと追い込んでしまった。これが事態を悪化させ、ドイツの暴走に拍車をかけた。
第三章:ベートマンの辞任により、新たな宰相があてがわれたが、後任者に三角構造(トライアングル)の一角を担うだけの力は無く、春季大攻勢前にトライアングルのバランスは崩れた。この章では主に、春季大攻勢への準備として、兵員不足の問題とロシア革命との関わりや、従来の防御戦術を脱し、いかにして英仏の塹壕戦を突破するのかという問題に関して触れられている。さらに、「浸透戦術」を活用し、奇襲を行う為の砲兵部隊への訓練や、最高司令部による兵士らへの愛国訓練、戦闘意欲を高めるための扇動を行ったことも説明される。ドイツはその柔軟性を駆使して新たな戦争への準備を着々と進め、そもそも何がドイツを強者たらしめたのか、根底に秘めたポテンシャルや抜群の戦術的センスが発揮されたという。
第四章:春季大攻勢にはいると、すぐにミヒャエル作戦が実施される。この作戦は失敗に終わったが、戦術的には大成功を収めた。前線を60㎞も推し進め、敵陣地の突破のみならず、その後背地にまで進撃をしたものの、指揮の統一性が失われたことで各方面の作戦目的があやふやになり目標地点への攻撃には至らなかった。さらに、当時の軍部独裁体制の事実上トップを務めた陸軍軍人ルーデンドルフは、できるだけ早く攻撃を仕掛けることが優位を保つ上で重要として、その後すぐにゲオルゲッテ作戦を実施した。この作戦では目標地点がミヒャエル作戦とは異なり鉄道の連結点があるハーゼブルクであった。ミヒャエル作戦よりも控えめで小規模な目標ではあったが、準備がまともにできていない上に、相次ぐ作戦により師団は不足していたため、これもミヒャエル作戦と同様に失敗に終わった。
第五章:第四章での作戦失敗により、兵士の不満は募っていた。3月にミヒャエル作戦により始まった大攻勢であるが、兵士たちはこの攻勢で戦争は終わるものだと考えていたので、この失敗は大きな失望をもたらしたのである。さらに、その後も約5ヶ月もの間、たいした期間も空けずに繰り返される作戦は幾度となく失敗した。士達は戦争に勝つことよりも、生き残ることを優先的に考えるようになっていた。加えて、ルーデンドルフの独裁的な人事問題や、アメリカ軍の登場、流行したインフルエンザの影響もあってドイツの疲弊は限界に達していた。8月に入ると、軍内部にも戦争を終わらせようとする大衆運動が起こり、戦争を推し進めていたルーデンドルフを解任したことでドイツは休戦に踏み切った。11月11日に休戦協定を締結し、その後の皇帝の退位により帝政は崩壊した。戦争に終止符が打たれたのである。
終章:この章では、いくつものドイツ軍の敗因が挙げられている。黄金の時代とも考えられるビスマルクの時代とは違い、交戦相手を増やし続けたことや、指導者らのメンタル面での問題、指導者のトライアングルの機能不全が大きな理由として挙げられた。しかし、どんな敗因も、結局は権威主義をベースにしたドイツというシステムがそうさせた可能性が高いと集約された。
批評
まず、この著作は幅広い層ではなく、一部の深い知識を得たい層を対象に書かれたものである。作戦の展開や、その後の影響、続々と登場する歴史上の人物らの行動の説明によって情報量が多く、前知識が無ければ軽々と読み進めるのは困難を極める。私のような前知識もほとんど無い、完全な素人からするに簡単にでも大まかな流れの説明があると理解の助けになったかもしれない。しかし、本書には人間関係に注目する描写が多くあり、時代の移り変わりとともに変化する各リーダーの事情を出来事の背景情報に絡めて説明がなされるため、多少難しくとも、知識の浅い読者だろうと、かろうじて物語感覚で読み進めることが可能だ。しかし、それぞれの章ごとに少しずつ時間は流れ、細かな争いや作戦、渦巻く策略にも事細かに触れられるため、ライトな読者層への分かりやすさよりも、この時代の特定の時期について知りたい方に焦点が当てられていることは間違いない。
また私には、ひとつ気になる点が存在する。それは、序盤でも語られてきたリーダーシップのトライアングルである。私は著者とは異なり、それが実現していたのはビスマルクの時代までであると考えた。トライアングルのバランスとは、双方の報告・連絡・相談や連携、多少なりとも存在する尊敬心により保たれるものであり、ファルケンハインが参謀総長になる際、それはあまりにも機能していなかった。第一章で述べられたとおり、無制限潜水艦作戦の停止や、ヴェルダン戦の実施がトライアングルの機能を認める理由であれば、裏付ける最低ラインはあまりに低い。互いに足を引っ張り合い、信頼関係は皆無に等しい上に、軍事・政治外交的戦略の話し合いは無かったと著者は述べている。春季大攻勢前に、ベートマンが宰相を辞任し、後任者の政治的力の弱さからトライアングルの一角を担えず、バランスは崩壊したとされているが、バランスの崩壊自体はずっと前から少しずつ始まっていたと考えるのが適当だろうと感じた。
おわりに
本書は、題名に伴うだけの情報と著者の考えを兼ね備えた、一部の層には読みやすい著書である。ただし、作戦での説明では図を用いて大まかな説明がなされており、一応ライトな層に読みやすいよう配慮した点もうかがえる。また、歴史家全体の考え方に対する批判や自身の考え方を本書に少し忍ばせていることから、単に詳細な歴史推移を辿るに留まらないドイツ論を期待する読者を想定して書かれていることも分かる。全体の流れを掴むには難しいが、半世紀にも満たないドイツの繁栄と衰退を知るには適当かつ素晴らしい文献であると言える。
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