top of page

【書評】『近代スポーツの誕生』

  • seikeigakubueuropa
  • 2022年1月22日
  • 読了時間: 6分

更新日:2022年10月8日

著者:松井 良明

出版社:講談社 、出版年:2000年7月20日



文責:岡部 快(政経学部2年)





はじめに

 本書は、近代スポーツ史の分野において、現在に至るまで精力的に研究成果を発表してきた著者によって、2000年に発表された著作である。暴力的な「娯楽」としてのブラッディ・スポーツが、近代的な「競技スポーツ」に変わっていく具体的な歴史的推移を描きだすことで、英国における近代スポーツの形成を検討する一冊である。


本書の内容

 本書の構成は、以下の通りである。

プロローグ 英国スポーツ史への誘い

第1章 知られざる英国スポーツ

第2章 闘鶏———高貴さと野蛮さ

第3章 拳闘———私闘から競技へ

第4章 近代スポーツの誕生とモラル

エピローグ いまだに書かれざる「スポーツ社会史」に向けて



・英国の国技

 日本ではあまり知られていないが、クリケットは英国の国技といわれており、現在も大変人気のあるスポーツである。ロンドンでクリケットが人気を呼ぶようになるのは18世紀末のことである。ローズ・クリケット場は、クリケット界でも最古の歴史的伝統を誇るメリルボーン・クリケット・クラブ(MCC)の本拠地でもある。


 ローズ・クリケット場の敷地内にはMCCの博物館があり、ツアーに参加すれば、誰もがクリケットの歴史にふれることができるようになっている。二階のギャラリーにはクリケットに関する数多くの絵画が飾られており、それらを眺めていると、やはりこのスポーツが英国人にとって特別なものなのだと感心させられもする。



・英国スポーツ史のなかの19世紀

 19世紀に、英国のスポーツ文化は変化の時期を迎えた。当時の英国社会は、ジェントルマンと呼ばれる少数エリートに支配されていた。そのような時代に、ジェントルマンの養成機関として、その支配体制の維持に貢献していたのがパブリック・スクールというエリート学校であった。そして、このパブリック・スクールが、英国のスポーツ文化のあり方にも大きな影響をおよぼすことになった。つまり、エリート学校でのエリート教育にスポーツが活用され、スポーツは「精神性」と結びつけられて考えられるようになったのである。ただし、最初から優れた精神性をそなえていたからスポーツがエリート教育にとり入れられたと考えるべきではない。むしろ、エリート教育にとり込まれるなかで、時代にかなった精神性がスポーツに付与されていったのである。


 また、それとともに、一般の人々に対して「理性にかなった娯楽」が広く推奨されるようになるのも、19世紀に入ってからのことであった。したがって、その意味では、この19世紀を中心に英国スポーツをとりまく状況は大きく変化したと言って良い。



・知られざる英国スポーツ

 英国は一般に「近代スポーツ」の母国といわれている。サッカー、ラグビー、ボートレース、テニス、アーチェリー、バドミントン…。これらはいずれも英国においてその原型を整えられ、世界各地に伝播したものである。



・ボクシング史における連続と断絶

 英国は、近代ボクシング誕生の地でもある。第3章では、ボクシングの事例が取り上げられる。英国では王政復古後から18世紀にかけて、「パトロン・スポーツ」の形態が生まれ、競馬、闘鶏、クリケットなどがジェントルマン階級の庇護のもと、賭博スポーツとして隆盛していた経緯がある。ボクシングが現在のような「競技スポーツ」としての位置づけを獲得するのは19世紀後半に入ってからのことだが、その原型とみなせる「拳闘」はすでに18世紀から行われていた。


 18世紀の拳闘と19世紀後半に登場する競技ボクシングには大きな違いがある。拳闘は素手で行われ、懸賞金の獲得をめざして行われるプライズ・ファイトの形態をとる。流血が不可欠の要素であり、参加者が重症や死亡することも珍しくなかった。拳闘などについては「不法な遊戯」として批判を受けながらも「改良」を経ることで存続の道が与えられた。



・改良の道筋

 18世紀半ば、拳闘家ジャック・ブロートンによってマフラーと呼ばれる事実上のボクシング用グラヴが開発されていたが、あくまでも練習やエキジビションに使用されるだけで試合には用いられなかった。しかし、これが、のちに近代的な競技ボクシングの原型となる「クインズベリー・ルール」がグラヴの着用を義務付けることになるが、それが懸賞試合の舞台で一般化するのは1890年代まで待たなければならなかった。


 伝統的な「名誉の観念」によって貫かれていたプライズ・ファイトは、血なまぐささや八百長試合、群衆の暴従化などの問題を解消できないまま、1860年代をもってほぼ英国内から姿を消すことになる。


 18世紀半ば以降、スパークリングというグラヴを着けて行う拳闘術の実践的な練習形態としてボクシング・マニアのあいだで普及していた。



・近代スポーツの誕生とモラル

 貧困・悪徳・野蛮が一つの連鎖と捉えられていたこの時代、ブラッディ・スポーツに見いだされた「残酷=野蛮」の観念もまた、実はこのような時代の制約のなかでつくりだされたものだったのだ。そして、これが近代スポーツを生み出す時代の求める「モラル」の内実でもあったのである。


・エピローグ

 かつての伝統的な民衆娯楽にとって代わるかのように台頭してきたのが、「純然たる」競技スポーツである。アニマル・スポーツは英国におけるスポーツの近代化過程の中で排除されていたのではないかと筆者は仮説を抱くようになったが、実際、これまでのスポーツ史研究では、近代的な競技スポーツに繋がる歴史が中心に語られてきた。そのため、近代化の過程で排除された娯楽・スポーツはふれることはあっても、ほとんど注目されてこなかった。


おわりに:本書を読んで

 本書は、闘鶏やボクシングを主たる事例として、戦う暴力的な「娯楽」が、いかに「競技スポーツ」に変わっていったのか紹介し、19世紀における英国スポーツの近代化の進展を説得的に検証している。


 ただ、「近代スポーツの誕生」と銘打つ本書を開く前に想像していた内容とは、やや異なる点があったことも述べておきたい。本書でも言及されているように、英国は「近代スポーツ」の母国といわれる。サッカー、ラグビー、テニスなど、多くの競技を連想するのが一般的であろう、しかし、本書で詳細に紹介されるのは、主にボクシングと闘鶏のみである。では、サッカーはどうであったのか、テニスは歴史的にどう位置付けられるのか。本書で鮮やかに提示された「近代スポーツの誕生」モデルを出発点として、より多様な種類のスポーツを範囲に考慮してみたくなるのは自然な成り行きではないだろうか。


最新記事

すべて表示
『魔女狩りのヨーロッパ史』

書評:池上俊一『魔女狩りのヨーロッパ史』岩波新書、2024年. 文責:小林瑠斗(政経学部2年)   🟢はじめに  本書は日本の歴史学者であり、東京大学名誉教授である著者による著作である。西洋中世史、ルネサンス史、特にトスカーナ地方の歴史が専門であるが魔女についての著作が多...

 
 
 
『ヨーロピアン・ドリーム』

書評:ジェレミー・リフキン(訳:柴田裕之)『ヨーロピアン・ドリーム』日本放送出版協会、2006年 長谷川玲也(政経学部2年)   🟢はじめに  著者のジェレミー・リフキンは、アメリカを代表とする文明評論家で、1994年より米国ウォートンスクールのエグゼクティブ教育課程で世...

 
 
 
『ヴァイキングの考古学』

書評:ヒースマン姿子「ヴァイキングの考古学」同成社、2000年 島袋空(政経学部2年)   🟢はじめに  本書は、7章構成であり、ヴァイキングが起こした歴史について、その時代の地形や文化に合わせて画像や地図を使って説明されている。本書を執筆したヒースマン姿子は、考古学が専...

 
 
 

Comments


  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

©2021 by 拓大「ヨーロッパの社会経済と歴史」ゼミ。Wix.com で作成されました。

bottom of page