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『路地裏の大英帝国 イギリス都市生活史』

  • seikeigakubueuropa
  • 2024年8月13日
  • 読了時間: 8分

更新日:2024年10月17日

著作:角山栄 川北稔  出版社:平凡社 発行日:1982年2月5日

文責:名古屋美帆 (政経学部法律政治学科 2年)

 

・はじめに

 19世紀、イギリス産業革命をきっかけに都市化が進み、人々の生活も大きく変化した。本書は、それまでの諸研究において見られた経済面からイギリス史を見る風潮とは一線を画し、食べ物、飲み物、病気、教育など民衆の生活、消費面から19世紀のイギリスの生活を見たものである。

 著者の川北氏は、京都大学出身でイギリス近世・近代史、世界システム論を専門に扱っている。一方の角山氏も、同様に京都大学出身で、イギリス近代経済史を専門に扱っている。文化史を専門に扱う川北氏と、経済史を専門に扱う角山氏が共作したことで、これまでにない視点からイギリスを見ることができる一冊になった。

 


🟢本書の概要


1都市文化の誕生

2家庭と消費生活

3白いパンと一杯の紅茶

4病気の社会史

5いざという時に備えて

6ヴィクトリア時代の家事使用人

7地方都市の生活環境

8リゾート都市とレジャー

9パブと飲酒

 

 第1章「都市文化の誕生」では、イギリスが18世紀にオランダやフランスと戦争を繰り返しながら、新世界とアジアに植民地を拡大し、商業革命により紅茶や砂糖などを原産とする国内外の産業と貿易を確立していたことを説明している。この時点で、フランス人と比べて平均8倍以上の砂糖を消費するなど、イギリスでは生活革命も起きていた。しかし、これらの革命により国内が発展した背景として、都市の人口が増加し、それにつれて貧民がイーストエンドに集まり、大スラムと苦役制度が成立したことも紹介されている。

 

 第2章は、「家庭と消費生活」である。19世紀は、俗に『飢餓の四〇年代』とも言われる。労働者の窮乏と社会不安が、相次ぐ恐慌とアイルランドの大企業によって一層深刻化したことが紹介される。産業革命が、国民を明確に貧困層と裕福層に分けたことは間違いないものの、肉やライ麦、大豆、パン、小麦粉は、未だ18世紀末において、どこに行っても高価なものであった。当時の段階では、裕福層しか購入できなかったにも関わらず、それが今となっては、国民の階級を問わず等しく常食になっているなど、食生活があらゆる人にとって等しくなった現在についても述べられている。他にも、当時、コーヒー、紅茶、砂糖の消費も著しく増加したことから、産業革命が国民の身分と食生活を大きく変化させたことを説明している。

 

 第3章は、「白いパンと一杯の紅茶」である。国内の工業化、都市化が進み、自家生産が廃れ、商人から買った商品を消費する時代になると、できるだけ低いコストで見栄えするものを作らねば競争に敗れ、顧客を見失うことになる。そのため、顔料、黒鉛、炭酸銅、クロム酸鉛などの有毒物を使用し、食品のコストを下げ、見栄えを高く保っていたことが説明されている。また、このような有毒な添加物を使用していたため、19世紀初期を特徴づけた流行病、さらにそこから短命、特に高率の幼児死亡率に間接に影響を与えたと紹介されている。

 

 第4章では、「病気の社会史」が論じられる。19世紀イギリスにおいて流行した伝染病では、工業地域における労働者階級の死亡率が一番高かった。一般男女の死亡率が1000人あたり21人~22人とされる中で、とりわけ0歳児の死亡率は他の年齢層と比べて最も多かったと紹介されている。 19世紀後半になると、死亡率が低下しているのであるが、その要因についても考察されている。まず、第一に、この時期における医学上の種痘の発見とワクチン接種、さらには法律の制定などにおける進歩が挙げられる。第二に、労働者階級の栄養状態の改善、それと並ぶ衛生改革の進展が挙げられる。特に、コレラ、チフスなどの熱病の二大伝染病群における死亡率の低下は、衛生改革によって、チフスの種類が区別されたことにより病気の性質が判明したためであると紹介されている。

 

 第5章では、第4章でも述べられていたが19世紀になると医療が飛躍的に進歩したものの医療費は高く、病院に行くことが出来なかった世帯や子供に睡眠薬を飲ませて働きに出る母親も多く存在し19世紀後半には王立委員会報告書にある検死官の意見には埋葬協会を極めて厳しく批判するものがいくつかあったと説明されている。

 自助、勤勉、節約などの美徳は産業資本主義時代のイギリス社会を代表する思想であり、これらの思想が近代的な大生命保険会社を生んだと紹介されている。

 

 第6章では、ヴィクトリア時代では女子労働力は資本産業資本の再生産構造の中に編入されることとなり、職業領域における19世紀的特徴として位置づけられていた家事使用人が補助的なものとしてしか考えられなくなったと紹介されている。戦後、家事使用人の賃金上昇したにもかかわらず家事奉公を良しとせずほかの職業に移動して行った人が多かったのもあり女性の家事使用人の数は急激に減少し、19世紀に典型的に現れた家事使用人の女性化とその繁栄は女子の潜在的労働力が産業資本体制に編入されていく過渡的現象であったと説明されている。

 

 次に、第7章である。産業革命とともに急激に上昇してきた産業貴族はかつての豪商に匹敵するものであり彼らは土地や称号による名声を求めて地主貴族に敬意を払う傾向があったが一方の地主貴族は経済的基礎の拡大を求めて産業的裕福階級との社会的交流を求める傾向があった為これらの階級間の軽蔑、羨望、敵意などの厳しい関係が各階級の性格を変化させ、地方と都市部の溝を深めたと説明されている。しかし産業貴族が参入したことで地方都市の生活環境はカオスな状況から秩序の状態に移行していったと紹介されている。

 

 第8章では、銀行、保険会社、商店、鉄道会社その他のオフィス勤務者の場合通常2週間の年休が保証されていてそれが役職のある者や長期間連勤者には3週間延長され経営規模の大きさによってはこの年休有給休暇であったため工場労働者含めて国民規模でレジャーを楽しむことができたと紹介されている。

 海岸リゾート地は19世紀になって最も人口膨張の激しかった地域でありコンクリートで固められた岸壁、海岸大通りに立ち並ぶホテル郡、乗合い馬車、自動車、映画館、スロットマシーン、19世紀から20世紀にかけてますます海岸リゾートは都市的表象を多く備えていくだろうと評価されている。

 

 第9章では19世紀前半のイギリスでは市民社会と言われるものが形成され様々なヨコの社会関係が成立してきたのだがそのような関係を具体的に支えるが充分に設備されておらず

そのギャップを埋めたのがパブであった。19世紀の半ば以降は社会的アメニティーが次第に充足されていくに従ってパブが果たしてきたさまざまな機能はそれぞれの専門センターへと受け継がれていったと説明されている。

 パブはこの当時から様々な意味で出会いの場であり労働者にとって労働組合の所在地であり友愛協会の例会場であり職業紹介の場としての役割を果たしていたと同時に職業、年齢、性別関係なく楽しめる場であった。

 


🟢批評


 この著作では、産業革命によって急激に発展したイギリスの都市形成の過程や、変化した食文化、生活水準の低さ、医療の発展、労働環境、都市と地方の格差など、18世紀から20世紀の長期間にかけて、イギリスが他国から受けた影響も交えて議論している。労働環境や医療などに対して批判的な意見を取り入れながら書くことで、国の発展の背景に存在した出来事を美化することなく述べることができている。

 

 冒頭でも簡単に触れたようにように、これまで、西洋経済史の分野では、18世紀・19世紀転換期イギリスについて、産業革命や諸変革によって都市が急速に成長し、経済が成長してきた面が重視され、専門研究者たちは伝統的に経済面を中心にイギリスの成長を研究してきた。しかし、1980年代に、京都大学出身で現在はイギリス近代史を代表する著者、川北や角山が、それまでの研究者たちとは異なる視点、つまり人々の生活面文化面からイギリスの成長に焦点を当てることで、経済面に焦点を当てるだけでは見えてこなかった市民の消費生活や文化を見ることができるようになった。

 つまり、それまでの研究史では、産業革命によって経済を中心に成長させてきたイギリス像にスポットが当てられてきたといえるが、本書により、産業革命により成長した国の裏で、貧困や疫病に苦しんだ市民の生活が明らかにされた。このことで、産業革命が国全体にもたらした影響が明らかになった意欲的な作品であったと評価したい。

 

 また、付け加えると、第4章では、伝染病による年代別の死亡率と死因が表化されていて、どの年代でどの病気が流行っていたのかを一目で確認することができ、初学者にとってはとても分かりやすかった。

 

 ただし、本書の描かれ方として、一つの章が時系列で書かれているわけではなく、ある出来事が発生した時の背景を説明するために、その出来事より前の年代が出てくることが多々ある。そのため、初学者にとっては、そうした多くの説明を時系列順に理解し直すのに時間がかかる点が難点として挙げられる。

 

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